金沢市戸板公民館ブログ

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2008年 04月 27日

戸板の風景 天保義民の碑

戸板の風景 天保義民の碑

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駅西中央公園の一角に「天保義民の碑」という碑がある。

戸板公民館文化教養部編「戸板の今と昔」(戸板公民館、昭和50年)によれば・・・。
天保4年から9年にかけて、加賀藩では旱ばつや冷害、いなご・うんかの発生などによる凶作が相次いだ上、江戸城炎上による加賀藩への復旧費割当などで、年貢米の増額となった。
戸板村を含む石川郡28ヶ村は年貢米の再見立てを乞い、減免を申請したが、許されなかった。
そこで、西念新保村、下安江村、南新保村の村役たちが奉行所に検見を懇請した。
ところが、天保9年8月、奉行所の役人は村役たちの嘆願を強訴と断じ、村役15名を牢獄に投じた。獄中で5名が死亡した。
残る10名は出牢を許されたが、持高・家財のすべてを没収、村役家族113名が越中五箇山へ流刑となったのである。このうち、西念新保は肝煎・間平ほか37名であった。
五箇山で9年に及ぶ飢えと寒気に耐える生活を余儀なくされた結果、3ヶ村で16名が死亡した。
こうした尊い犠牲によって、藩の行政に反省を促したのである。
天保9年より数えて60年にあたる明治30年、3ヶ村の村役15名を天保義民として顕彰する碑がつくられた。「天保義民之碑」の題字は明治維新の傑物・勝海舟の筆になるものである。
明治31年8月1日、金沢駅前(木ノ新保5番丁)に竣工したが、大正7年9月、西念新保町に移設、さらに平成4年3月に完成した駅西中央公園の現在地に移設された。

児童文学者のかつおきんやさん(金沢市在住)は、「天保の人びと」で、これについて描いている。



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by toitakouminkan | 2008-04-27 17:03 | Trackback | Comments(0)
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